PM2.5とは
「PM2.5」とは「大気中に浮遊する直径2.5μm(マイクロメートル)以下の粒子」と定義されていますが、物質の種類は問いません。大きさも「2.5μm以下」というだけで一定していません。「2.5μm」と言われてもよく分からない単位かもしれませんが、例えば、髪の毛は50〜100μm、スギ花粉が30〜40μmほどであり、それよりもはるかに小さく、微小粒子状物質とも呼ばれています。
(画像引用元:東京都ホームページ)
最近では、メディアでPM2.5が話題になることが多いですが、そのPM2.5は私たちにとってどの程度危ないものなのでしょうか?
実は、PM2.5は、どこまで抑えれば健康に悪影響を及ぼすのか、そのあたりのことがはっきりしていません。呼吸器系や循環器系の疾患を持つ人、子どもや高齢者など、それぞれ影響の度合いは異なり、個人差が大きいとされています。このため、基準値には今のところ明確な科学的根拠なく、各国では苦労をしながらこれを定めているというのが現状です。
日本国内でもまだ対応は暫定的で、環境省のページを見ても、「注意喚起のための暫定的な指針」として1日平均で1㎥あたり70μgと決定しています。
世界と日本の大気汚染の歴史
世界の大気汚染
大気汚染されている状態とは、大気に通常では存在しない有害物質を含み、生態系に悪影響を与えていることを指します。ですから、人為的な大気汚染以外にも火山活動や森林火災等による自然起源の大気汚染があり、これは人類活動とは関係なく自然現象として起きていました。
大気汚染には、人為的なものと自然のものがありますが、人為的な大気汚染が始まったのはいつ頃からなのでしょうか。それは、産業革命が起きた18世紀からです。それまでも焼けは他農業などで発生した煤煙や廃棄物が大気を汚染してきましたが、排出量は少なく、大気汚染は部分的だったといって良いでしょう。
しかし、14世紀あたりから石炭の使用が盛んになり、18世紀の産業革命以降人口が爆発的に増加し、当時世界最大の都市となったロンドンで初めて深刻な社会問題となる大気汚染が発生しました。この頃、ロンドンの冬は視界が悪くなるほど暗く濃い霧が発生していました。実はこの霧自体が大気汚染の現象で、石炭を燃やしたあとの煤煙が霧に混じって地表に滞留したために起こったものでした。
日本の大気汚染の歴史
日本は産業革命に乗り遅れたため、ヨーロッパのような石炭による公害を経験しませんでした。日本の大気汚染の歴史は近代化を目標に殖産興業政策が推進された明治時代初期からです。
注意報でお馴染みの光化学スモッグ
工場や自動車から排出される窒素酸化物、炭化水素、揮発性有機化合物などの汚染物質が、太陽からの紫外線により光化学反応を起こし、二次的に生成される酸化性の物質の総称を「光化学オキシダント」といいます。
主要成分はオゾンですが、その他の物質も存在します。上空にあるオゾン層は、紫外線を吸収して生命を守ってくれています。光化学オキシダントによる大気汚染は光化学スモッグと呼ばれ、世界的には1940年代にアメリカで初めて観測されました。
汚染地域については、以前は都市部や工業地域が中心でしたが、近年は都市部以外の地域や離島にも広がっています。中国大陸で排出された汚染物質や光化学オキシダントが西風で日本に運ばれ、日本における光化学オキシダント濃度の上昇の要因となっていることが考えられます。光化学オキシダント問題は、酸性雨やPM2.5などと同様に国際的な問題なのです。
- 主要成分はオゾンだがオゾン層と違って有害
- 注意報は毎年、被害届も出される光化学スモッグ
- 都市部、工業地帯が中心だったが広がっている
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オゾン層破壊